ゲストハウスでのセクシャルハラスメントに関する勉強会の報告

2025年12月のセクハラ事案について、2回の勉強会を行いました。

勉強会は、この約束から、はじまりました


・人の話を最後まで聞く
・否定したり批判したりしない
・話したくないことは話さなくてよい
・わからないときはわからないといってよい
・ここで出た個人の話を勉強会の外で広げない

▪️第1回勉強会

2026年4月3日(金) 14:00〜16:30
参加者:本人、地域関係者4人、進行1人、主催者1人 合計7人
会場しつらえ:地域内の施設のクローズドの空間で椅子を円形に並べて

目的:
・安心して参加できる場をつくる
・気持ち(感情)について考える
・何か行動する時には気持ちがあることを共有する
 
自己紹介
 名前、ふだんどんな活動をしているか、ここに参加した理由(短く)
 
気持ちワーク1
 いくつかの感情(うれしい・怒り・かなしい・すき・こわい・びっくり・安心・うらやましい)
 最近感じた気持ちを1つ選ぶ、なぜその気持ちになったか簡単に話す
 
気持ちワーク2
昨日いちにちを簡単に話し、その時どういう気持ちだったかを話す
 
気持ちワーク3
さっきあがった行動の例から、「その人がどんな気持ちだったか」をみんなで考える
 
ふりかえり
 ・今日印象的だったこと
 ・今日あたらしく気づいたこと
 ・次回話したいこと
 

▪️第2回勉強会

2026年05月22日(金)14:00~ 15:30、15:30~16:00
参加者:本人、地域関係者4人、進行1人、主催者1人 合計7人
会場しつらえ:地域内の施設のクローズドの空間で椅子を円形に並べて

目的:
・言葉だけでなく、相手の表情や動きから気持ちを考える
・相手は嫌だったり、困っていたりするときの反応や理由について考える
(相手がはっきり嫌と言わなくても、身体や顔で「困っている」と出ていることを知る)
 
近況共有
 自己紹介、最近もやもやしたことを話す
 
ロールプレイ
・初対面の人と握手する
・缶コーヒーを勧める
相手が安心しているか、困っているサインはあるか、など
表情や距離感、身体の動きから何が見えるか、を全員で振り返った。
 
ふりかえり
 ・今日印象的だったこと
 ・今日あたらしく気づいたこと
 
▪️クローズド セッション
本人、進行、主催者 3名
昨年12月の防犯カメラに映ったセクハラの映像を見ながら本人と振り返りを行った。
本人はこの映像を見るのははじめて。
これまでは、「外国人だからハグやキスをするもの」といった発言や「覚えていない」「わからない」で終わっていたが、今回はそうした言葉は本人から出ず、相手が外国人で(言葉が伝わらず)断りにくかったのではないか、当時の状況を思い出すと自分に自惚れもあった、など、比較的落ち着いて振り返った。
 
そのうえで、 本人から、他者との関係のなかで感情が揺れたときに
* 今後は、一度その場を離れる
* 相手の表情や反応を見ながら少しずつ関係をつくることが大事

といった発言もあり、「もう人と関わらない」という極端な方向には向かわなかった。
 

⚫︎まとめ


・参加者にもともと信頼関係があった3人がいて、第1回で、「ここでは正直に話しても大丈夫」という安心感がある程度形成されていたことが、第2回での率直な発言につながったと思われる。

・男性・女性双方がバランスよく参加していたことも、本人とって安心して話せる場づくりに寄与していたと感じられた。

・これまでのやりとりのなかでは、「覚えていない」「わからない」と答えることが多く、心の底ではわかっている、あるいは無意識に避けて、自分自身に向き合うことを避けている印象があった。今回、勉強会のなかでも、また防犯カメラの映像をみながらも、そうした発言はなく、映像を見て彼女の気持ちを想像し「気持ちわるかったと思う。触ったときに後ろにさがったから、わかった」と話した。

・セクハラが起こった現場としては、本人がなぜこのことがやってはいけないことなのか、を自らわかることがこの勉強会のひとつの目的だったので、それが果たせた。

・一方、このセクハラ事案におとしどころをみつけないと、延々と勉強会をつづけることはできないため(費用的にも時間的にも)、1回目を終えたタイミングで、主催者として2回で、と決断し、2回目の後半は踏み込むことにした。ロールプレイをはじめ、参加したみなさんが真剣に正直に率直に話し参加くれたことが、功を奏し、本人もこの地域で活動をつづけたいから(関係のつくりかたを)練習していく、と話した。それはここに参加した人たちも「人生がつづいていくこと」への想いとつながっていると感じた。

・日常的に人との関係に齟齬は起き、ときにはそれが依存や暴力になって現れる。人はだれでも大なり小なりそうしたことをしてしまう。だからこそ今回、本人を「加害の人」とした勉強会のたてつけではなく、「ともに考える」という姿勢でのぞんだことで、安心して話せたと思う。参加した者としても深い学びがあった。いずれにせよ、流れる日常のなかで、こうした場と時間をつくり、繰り返し共有していくことが大事だと思う。