イリュージョン
リチャード・バック(著) 村上龍(翻訳) 集英社文庫
人生の大海原の前でしゃがみこみたくなるあなたに  おすすめ度:★★★★★:上田假奈代

きっと、選択は、想像力とコトバなのだと思う。 そして愛やね。
読み終わって「空を見上げろ」と村上龍が言うので、
走る電車のなかで肩を傾けて首を回して、空を見あげた。
窓枠を超えて、ナナメに、直線の送電線と青い空が見えた。
近鉄電車京都線の八木駅あたりを通過した電車のうえに、空があった。
今から、15年くらい前の話だ。 その空は、今日の空へと続いている。

主人公リチャードと飛行機乗りの救世主・ドンの出逢い頭のシーンが秀逸である。
「待たせたね」
「遅かったじゃないか」
空を降りてくるプロペラ機の、近づいてくる影は大きくなって、
ふたりは既知の友人がひさしぶりに出逢うように話しかける。初対面であるにもかかわらず。
なんだか泣けてくるシーンなの。
彼らはきっと、もう二度と巡りあわない別れ方をするだろう、その暗示を読み取るのだった。
でもそれは、当たり前のこと。かならず、人は別れる。
死が訪れるその迎え方に似た出逢いを彼らは、草のうえでする。

高校生が読む本として、同作者の前作「カモメのジョナサン」は、 最終幕での過剰な美意識が鼻についた。
次作の「One」では、説明的すぎる底浅い文字面が、
棚上感(なにか大切なところを棚の上にあげてしまった感じ)で、
一緒につり革を持とう、という気力が萎えてしまう。
今でも、ウエダの机のうえでは見開きのまま「イリュージョン」がプロペラ機の音で、
水のうえ歩く想像力で、人生の後悔のしない生き方を、教えてくれる。